大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(ワ)553号 判決 1979年3月08日

原告 六興商事株式会社

右代表者代表取締役 川合睦則

右訴訟代理人弁護士 平野智嘉義

同 横山由紘

被告 近藤ミノリ

被告 近藤洋史

右両名訴訟代理人弁護士 三木幸雄

主文

原告に対し、いずれも亡近藤一夫の相続によってえた財産の限度において、被告近藤ミノリは四九〇万一〇二二円、被告近藤洋史は九八〇万二〇四三円及び右各金員に対する昭和五二年一二月一日以降完済まで日歩五銭の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

1. 原告は、「原告に対し、被告近藤ミノリ(以下「被告ミノリ」という。)は四九〇万一〇二二円、同近藤洋史(以下「被告洋史」という。)は九八〇万二〇四三円及び右各金員に対する昭和五二年一月三〇日以降完済まで日歩五銭の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

2. 被告らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者の主張

1. 請求の原因

(一)  原告は、昭和五〇年九月一日ころ、訴外ダイカク株式会社(以下「訴外会社」という。)との間において、原告を売主、訴外会社を買主とする合成樹脂原料等の継続的売買取引について、

(1)  取引限度額を一八〇〇万円とする、(2) 代金は毎月二〇日までの取引分を翌月一五日に支払う、(3) 売買代金支払のために振出した約束手形又は小切手が不渡りになったときには、当然期限の利益を失い、売買代金その他の債務の全額を即時支払う、(4) 訴外会社が売買代金その他の債務の支払を遅滞したときには、支払期日の翌日から完済まで日歩五銭の割合による遅延損害金を支払う等の約定の商取引基本契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。

(二)  訴外近藤一夫(以下「一夫」という。)は、前同日、原告との間で、本件基本契約に基づく継続的売買取引について訴外会社が原告に対して爾後負担すべき債務につき、訴外会社と連帯して支払を保証する旨の連帯保証契約を締結した(以下「本件保証契約」という。)。

(三)  原告は、昭和五二年五月三一日から同年一一月一八日ころまでの間に、訴外会社に対し、本件基本契約に基づく取引として、代金合計一七六八万三〇六五円相当の合成樹脂材料を売渡し、これまで右代金のうち二九八万円の支払を受けたので、残額は一四七〇万三〇六五円である。

(四)  訴外会社は、同月三〇日、右売買代金の支払のために振出した約束手形を決済することができず、不渡りにした。

(五)  一夫は同月二三日死亡し、被告ミノリは同人の妻、同洋史は同人の子として、相続により、その義務を承継取得した。そうして、訴外会社の原告に対する前記売買代金債務の残額は一四七〇万三〇六五円であるから、被告らが一夫から承継した本件保証債務の数額は、法定相続分によると、被告ミノリが四九〇万一〇二二円、同洋史が九八〇万二〇四三円になる。

(六)  よって、原告は、本件保証契約に基づき、一夫の相続人として、被告ミノリに対し四九〇万一〇二二円、同洋史に対し九八〇万二〇四三円及び右各金員に対する支払期日の到来した昭和五二年一一月三〇日以降完済まで日歩五銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

2. 請求の原因に対する答弁

請求の原因(一)ないし(五)の事実はいずれも認める。

3. 抗弁

(一)  本件保証契約により一夫の負担した保証債務は、継続的売買取引について将来負担することあるべき債務についてしたものであり、保証人と主債務者との間の相互信用を基礎とするものであるから、保証期間又は保証金額の定めがあると否とを問わず、保証契約上の債務は当然保証人である一夫の一身に専属してその人と終始し、同人の死亡によって消滅するものである。

(二)  仮にそうでないとしても、一夫は、本件保証契約を締結した当時、訴外会社の代表取締役であったところ、一夫は、右契約を締結するに際し、原告との間において、一夫が保証人としての責任を負担するのは訴外会社の取締役の地位にある限りにおいてのみであることを暗黙的に合意したものであるから、一夫が取締役の地位を去ったことにより、保証債務も消滅した。

(三)  仮に右事実が認められないとしても、原告は、訴外会社が倒産したのち、同会社の債権者委員会を通じ、同会社から昭和五二年一二月二七日に第一回配当金一八〇万九九〇〇円、次いで昭和五三年二月七日に第二回配当金九〇万四九〇〇円の支払を受けたものであるところ、右金員の受領と同時に、訴外会社に対し、残債務を免除する旨の意思を表示した。従がって、本件保証債務もこれによって消滅した。

(四)  被告らは、一夫が死亡したのち、その相続の承認に関し、所轄家庭裁判所に対し、共同して、右相続によってえた財産の限度においてのみ一夫の債務を弁済することを留保する旨の申述をして限定承認をした。

4. 抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)のうち、本件保証契約締結当時、一夫が訴外会社の代表取締役であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同(三)のうち、被告らの主張のとおり配当金を受領した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  同(四)の事実は認める。

三、証拠<省略>

理由

一、請求の原因(一)ないし(五)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、抗弁について順次判断する。

1. 抗弁(一)について

継続的取引について将来負担することあるべき債務につきした責任の限度額ならびに期間について定めのない連帯保証契約においては、特定の債務についてした通常の連帯保証の場合と異り、その責任の及ぶ範囲が極めて広汎となり、一に契約締結の当事者の人的信用関係を基礎とするものであるから、かかる保証人たる地位は、特段の事由のないかぎり、当事者その人と終始するものであって、連帯保証人の死亡後生じた主債務については、その相続人においてこれが保証債務を承継負担するものでないと解するを相当とするけれども(最高裁昭和三六年(オ)第八六八号同三七年一一月九日第二小法廷判決・民集一六巻一一号二二七〇頁参照)、本件において、前示当事者間に争いのない事実によると、本件保証契約は、原告と訴外会社間の継続的売買取引について将来負担することあるべき債務についてしたものであるが、責任の限度額が一八〇〇万円と定められており、かつ、連帯保証人である一夫の存命中に原告と訴外会社との売買取引によって既に発生していた主債務について、一夫の相続人である被告らに保証債務の履行を求めるものであることが認められるから、本件保証契約に基づく保証債務が一夫その人と終始する一身専属のものであると解することができず、そのほかに本件保証契約に基づく保証債務が一夫の一身専属のものであって、その相続人においてこれが保証債務を承継負担するものではないと認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告らの抗弁(一)は、採用することができない。

2. 抗弁(二)について

本件保証契約の締結当時、一夫が訴外会社の代表取締役であったことは、当事者間に争いがない。

被告らは、一夫が本件保証契約を締結する際、暗黙のうちに、一夫が同契約に基づく保証人としての責任を負うのは訴外会社の取締役の地位にあるかぎりにおいてのみであることを合意したと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠がない。

したがって、被告らの抗弁(二)は、採用することができない。

3. 抗弁(三)について

原告が、訴外会社が倒産したのち、同会社から、債権者委員会を通じ、昭和五二年一二月二七日に第一回配当金一八〇万九九〇〇円、次いで昭和五三年二月七日に第二回配当金九〇万四九〇〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

被告らは、右配当金を受領した際に、原告が訴外会社に対し、残債務を免除する旨の意思を表示したと主張し、証人吉村嘉治の供述中には右主張に副う部分があるけれども、同供述部分は、いずれも原本の存在並びに成立に争いのない乙第一号証の一、二、証人清水太の供述と対比してにわかには措信できないし、そのほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

却って、右各証拠に前示当事者間に争いのない事実を総合すると、(1) 訴外会社は昭和五二年一一月三〇日不渡手形を出して事実上倒産したものであるが、同年一二月二日に同会社の債権者数十名が集って善後策を話合った結果、これ以上同会社の事業を継続せず、債権者が同会社の財産を分配して清算すること、右清算事務には七、八名の債権者で構成する債権者委員会(委員長はウォーターライフこと訴外岡垣某)が当たることを決めたこと、(2) 原告は、比較的大口の債権者であったが、債権者委員にはならず、前記の二回にわたる配当金も、同委員会から連絡を受けて、原告大阪支店長の清水太が原告の代理人として債権者委員長の岡垣某から受領したものであること、(3) 原告が債権者委員会に届出てその承認を受けた債権額は、訴外会社から交付を受けて当時所持していた第三者振出の手形二通(額面金額合計一七六万円)が後日満期到来により決済される見込みがあって届出をしなかったものを除き一五〇八万三〇六五円であり、そのうち一一一八万九七六五円については、原告は、訴外会社が振出し、あるいは、訴外奥田油材化学工業が振出し訴外会社が裏書をした手形(以下「本件各手形」という。)を所持していたこと、(4) 清水太は、昭和五二年一二月二七日の第一回配当金及び昭和五三年二月七日の第二回配当金を受領する際、いずれも債権者委員長岡垣某の求めにより、同委員会が予め用意していた配当金領収書(乙第一号証の一、二)に署名捺印をしたが、同領収書中には、原告が所持する本件各手形に関して、「尚上記手形(他社へ譲渡した手形も含む)に関しては当方に於て一切の責任を持ち法的処置等はいたしません」(第一回配当金領収書)との文言及び「尚別紙記載の手形に関しては譲渡及び請求はいたしません」(第二回配当金領収書)との文言が既に記載されていたこと、(5) 清水太は、右のような文言が記載されていることは知ってはいたけれども、岡垣某から、これによって原告の訴外会社に対する残債権を放棄したことになるとか、あるいは、原告が訴外会社の残債務を免除したことになる等の説明は全くなかったうえ、本件各手形の返還や廃棄を求められることもなかったことから、右二回の配当金(配当率は合計一八パーセント)で訴外会社の配当可能な財産もなくなり、これ以上訴外会社自体に対し債権の回収を図ることは困難な情況にあると考え、前記各文言を、訴外会社に対してはこれ以上法的手段をとってまで請求をすることはしないというだけの趣旨に解して、署名捺印したものであること、以上の事実を認めることができ、証人吉村嘉治の供述中、右認定に反する部分はにわかに措信することができないし、その他に右認定を左右するのに足りる証拠はない。

右認定した事実と本件において原告が被告らに対し残債務全額を請求する意思を明らかにしている事実を合せ考えると、原告が訴外会社に対して前示乙第一号証の一、二をもってした残債権については請求しない旨の意思表示は、特段の事情のないかぎり、訴外会社の債務は債務として残しながら訴外会社に対してはもはやこれを請求しないという意思を表示したものにすぎず、それ以上に進んで原告が訴外会社に対する残債務を免除する旨の意思表示をしたものではないと解するのが相当である。

したがって、被告らの抗弁(三)は、採用することができない。

4. 抗弁(四)について

抗弁(四)の事実は、当事者間に争いがない。

以上によると、被告らは、原告に対し、いずれも一夫の相続によって得た財産の限度において、被告ミノリにおいては四九〇万一〇二二円、同洋史においては九八〇万二〇四三円及び右各金員に対する支払期日が到来した日の翌日である昭和五二年一二月一日から支払済みまで日歩五銭の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

三、よって、原告の本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容するが、これを超える部分は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井田友吉 裁判官 榎本克巳 裁判官平賀俊明は職務代行終了のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 井田友吉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例